東日本大震災、3つの大間違い2013/09/19 23:07

今日の新聞に東日本大震災津波で骨組みだけが残った南三陸町防災対策庁舎の取り壊しが決まったとあった。住宅の高台移転方針決定、原発再稼動に続いて三つ目の東日本大震災大間違いである。
高台移転についてはこれまでこのブログでも再三述べてきたが、2年半経っても仮設入居率が9割、3県の災害公営住宅の完成が計画の1.8%以下(いずれも2013年9月11日朝日新聞による)という現実を見ても間違いであったことは明らかであろう。
原発は、今回の津波をきっかけとした事故及び今最も問題になっている汚染水問題以前に、廃棄物処理と廃炉の目処が何もないのに国内に50基以上もの原発をつくってきたことがそもそもの大間違いであった。この震災を機に原発を廃止することもできたはずなのにそれをしなかったばかりか、まだ原発を海外に売ろうとまでしているのであるからさらにたちが悪い。
そして津波から子孫を守る最も有効な遺産までなくしてしまおうというのだから、愚もここに極まれりである。もし広島の原爆ドームが、遺族が見るのがつらかったからとか維持管理費がないからとかいって撤去されていたらどうだっただろうか。そんなことも考えないで、奇跡の一本松とかいって手間暇お金かけて枯れた松を樹脂加工して標本みたいにして残すようなどうでもいいことは一生懸命しているのである。オリンピックに浮かれるのもいいけれど、もっと賢くならなきゃなんないのは指導者だけではなく一般人みんなじゃないのかなあ。

高台移転や防潮堤より中層鉄筋集合住宅を2013/04/05 23:43

今日の朝日新聞声欄(投書欄)で、建築家の若山滋さんが、東日本大震災津波被害避難者の高台移転と防潮堤建設に対して異を唱えていました。高台移転や防潮堤建設より中層鉄筋コンクリート造集合住宅の建設を誘導するほうが技術的合理性が高いとの主張です。
著名な建築家による仮設住宅やら集会施設等の取り組みなどはよく取り上げられてきましたが、震災から2年以上も経ってようやく朝日新聞がこのような意見を取り上げたという感じです。私は震災直後よりほぼ同様の考え方をこのブログでも再三述べてきましたが、他にこのような意見を目にしたのは初めてでした。たぶんこのような考え方を持っている人は他にも少なからずいたと思うのですが、一旦上から高台移転のような決定がなされるとマスコミもジャーナリストもほとんど批判らしい批判もしなかったような。そしてこのような根本的な考え方がほとんど議論されなかったのではないかと思えます。

東日本大震災から2年2013/03/11 18:54

震災から今日で丸2年経ったが、相変わらず復興、特に住宅の再建は進んでいない。先月25日の朝日新聞によると岩手、宮城、福島の3県で完成した復興住宅は、計画戸数24274戸のうち56戸だそうで、遅れの最大の要因は用地の確保ができないことだとある。用地は移転を前提としなければある。ボタンの掛け違いではないだろうかとやはり思う。
名古屋大減災連携研究センターの脇田久美子技術補佐員や福和伸夫教授らによると、国土地理院が250m四方で標高を示した地図や国勢調査(2005年)をもとにした分析で、津波の被害を受ける恐れがある標高の低い地域に、国内の人口の2割近い約2200万人が住んでいることが分かったという(2013年3月3日/朝日新聞)。もし津波被害が予想される場所に住むことが間違いであるとすれば、2200万人が間違った場所に住んでいることになる。2200万人が移転しなければならないのである。こんなばかな話はない。知恵を絞って現実的に安全に暮らすことを考えなければならない。
国土交通省が津波救命艇を開発したそうである。近くに高台などの避難場所がない小学校や老人ホームなどに設置し、津波が来る前に逃げ込んでもらうことを想定しているそうだが、その前に小学校や老人ホームこそしっかりした津波避難ビルであるべきだと思う。IHIが委託され製造しただけあって船のような形だが、航行する必要がないのに船の形をしている必要があるのだろうかとも思う。それより津波避難ビルにならない戸建て住宅の屋上や庭に置いて、普段は書斎や予備室などとして使える水に浮く津波救命部屋なんていうのは考えられないだろうか。

東日本大震災から1年半2012/09/11 22:45

東日本大震災から1年半経ちましたが、停止中の原発の再稼動が早々と決まった以外には復興は遅々として進んでいないように見えます。
「東日本大震災で被災した東北地方で、災害公営住宅(復興住宅)の建設が進んでいない。青森、岩手、宮城、福島4県が計画する2万7667戸のうち、1日時点で着工したのはわずか1.6%だ。多くの仮設住宅が居住期間(現段階で3年間)を終える2014年度末までの完成は4割にとどまる見込み。背景には、被災地の適地不足と自治体職員の人手不足が横たわる。」(2012年9月9日 河北新報社)
ほとんどの津波浸水地が高台への移転を決めましたが、本当にそれでよかったのか私は今でも疑問に思っています。今まで住んでいた街をそっくり移すというのは街を捨てるのとほとんど同じことに思えます。すべてを捨てて津波から逃げ切ってしまうのではなく、自然とどう向き合うのかをもっと冷静に考えることが必要ではなかったかと思います。8月29日に国が南海トラフ地震の被害想定を発表しましたが、津波被害を避けるために日本の海岸沿いのすべての街を高台に移すなどといったことは言うまでもなく不可能で非現実的です。高台への避難路の確保や既存の低層建物を可能な限り津波避難ビルに建て替える、たとえば公営住宅や学校なども含めた公共建物を津波避難ビルとしても機能し得るような建物として整備するなど考えられることはあると思います。東日本大震災の浸水地でもこのような方法で1日でも早くコミュニティを守りながら復興していくほうが、より現実的で賢明な方法ではないでしょうか。
「宮城県と岩手県の津波被害が大きかった沿岸部の27の自治体からも合わせて1万4637人が流出し、復興に大きな影響が出るおそれが出てきています。」(被災地から7.5万人余の人口流出 2012年9月11日 NHK)
「歴史は繰り返す」ではありませんが、復興に際して一旦高台移転という大きな流れが起こって一億総思考停止状態になってしまったのではないかとさえ思われます。

震災から1年~復興、やはり高台移転がネックでは?2012/03/11 13:49

東日本大震災から1年、報道などでもさまざまな特集が組まれている。昨晩もNHKスペシャル「シリーズ東日本大震災 もっと高いところへ ~高台移転 南三陸町の苦闘~」を見た。3階建ての防災庁舎屋上に避難した50人以上の町民や町職員が津波に飲まれ助かったのはそのうちたった10人だった。その10人のうちの一人だった町長は高台移転を決意する。しかし住民の合意形成、予算、人員不足、造成予定地の埋蔵文化財発見等さまざまな困難に直面し高台移転は遅々として進まない。
高台移転の一番の目的は言うまでもなく人命を守ることである。このことに比べたら他の事なんか大したことではない。では人命を守るには高台移転しか本当にないのだろうか。もし南三陸町の防災庁舎が4階建てだったら屋上に避難した人は全員助かった可能性が高い。昨年4月以降何度も書いているが、中層の津波避難ビルを中心とした街再生を図ることができないものかと1年経った今も思わずにはいられない。今回のような大津波が何年後に来るのか、住み慣れた街を捨ててしまって良いのか、漁業や水産加工業はどうするのか、ここでもう一度冷静に考えられないものだろうかと思う。
例えば4街区程度に1棟の津波避難ビルを兼ねた中層公営住宅を建てる。津波避難ビルの敷地確保ができた段階で順次その避難範囲街区の建築制限を解除し、民間による住宅再建を進めるというのはどうだろう。防災や安全に限らないが“絶対”はないのである。高台に移転すれば確かに津波襲来時にたまたま家にいた人は津波からは助かるかもしれないが、山を切り崩して造成すれば土砂災害の危険が増す。しかも平地の業務地区で働いていたり買い物をしている人や、公園となった海沿いにいる人はやはり津波からの危険を免れないのである。莫大な費用と時間を費やして高台に無理に住宅地を造っても、確かに数十年あるいは数百年に一回来るかもしれない津波からは免れるが、活気があり高齢者にも優しい暮らしやすい街ができるとは思えないのだが・・・

もう一度公営住宅を2011/10/16 22:22

14日の朝日新聞で「賃貸が日本を救う」と題して平山洋介神戸大学大学院教授が現在の社会経済状況下ではマイホームより賃貸住宅対策に力を入れるべきと主張しています。13年前「私はすべてとはいわなくとも基本的には都市における住宅は公共の賃貸住宅でまかなわれるのが理想だと思っています。」(1998年土屋裕ホームページ)と書きましたが、公営賃貸住宅が必要なのは都市だけではなさそうです。
東日本大震災の復興に当たっても公営賃貸住宅は、被災者に過重なまたは絶えられない経済的な負担を負わせることを少しでもなくすために有効ではないかと思います。何度も書いていますが、非現実的な一律高台移転などという復興計画を見直し、国の専門調査会が提言したように徒歩5分以内に津波避難ビルをかねた公営賃貸住宅を建て、ある程度補助があれば自力で住宅を建てられる人はその周りに可能なら被災前の自分の土地に住宅を建て、住み慣れた地域に安全な街をつくりなおせないものかと思います。
そしてかつての公団や住宅公社のような公的組織を今の時代に合わせもう一度立ち上げれば、被災地の復興住宅のみならず全国的な住宅問題ひいては格差や貧困問題などの改善にも有効に機能するのではないかと思います。


高台移転方針を見直しては2011/09/11 22:42

今日で東日本大震災から半年がたちました。
いまだに復興住宅は1戸も着工すらしていません。拙速に間違った復旧・復興をして禍根を残すようなことは避けなければなりませんが、それにしても被災者の日々の生活を考えると今のようなスピードでいいのかと思わざるを得ません。復旧・復興の最も基本となる住宅再建が進まない理由のひとつは、ほぼ一律に住宅の高台移転を基本方針としたことです。
土地が足りない、漁師を中心に高台移転に反対する住民がいる、そして政治的にもっとも大きなネックになっているのが費用の問題です。しかしながらこのようなことは被災直後から予想できたことです。なぜ政治家も官僚も専門家もマスコミもごく一部の専門家等を除いて高台移転しか言わないのでしょうか。
地域によっては津波避難ビルを中心としたまちづくりなどほかの方法を早急に考えるべきです。


「建築の表現展」終了2011/08/31 23:27

2011年8月30日「建築の表現展」終了しました。
ご覧頂きました皆様ありがとうございました。
特に恩師吉田研介東海大学名誉教授ご夫妻にはお忙しい中また遠いところ見に来て頂き御礼の言葉もありません。
 
 
以下は私の展示したパネルです。
 
「最小限住居のためのインヴェンション」
最小限住居のためのインヴェンション_1

最小限住居のためのインヴェンション_2

 
「東日本大震災復興のためのまちづくり私案」
東日本大震災復興私案_1

東日本大震災復興私案_2

「東日本大震災で東北地方太平洋沿岸の多くの町や集落が津波で流された。復興に当たっては住宅の高台移転が基本方針とされたが、高台の土地確保や肝心の住民の同意を得ることが困難ということもあって遅々として進まない。高台移転が本当にベストなのだろうか。高台移転は豊かさとそして時に災害をもたらす海という自然に背を向けることである。高台移転はこれまでの生活と仕事をリセットすることである。高台移転は町や集落の文化、伝統を途絶させることである。山を切り開いての高台造成は、景観と自然の破壊、土砂災害や地盤沈下の危険の増大、森林伐採による海の生態破壊から漁業被害までをももたらす。高台移転は漁民に漁師をやめろと言うに等しい。高台移転は間違っている。そして経済や効率だけの復興は間違っている。真っ白な紙に絵を描くような復興ではなく、できうる限り被災前に存在した町や集落のかたちと住民の意向を尊重し、迅速に、かつ安全な復旧・復興を目指すべきである。
ここに示した案は被災地復興の一街区のイメージである。中心に中層鉄筋コンクリート造の津波避難ビルを兼ねた公営集合住宅を配置し、周囲に戸建て住宅を建てる。集合住宅には、安全で住みやすい町にするために住民の交流が促進される工夫がしてある。様々なタイプの家族が変化をしながら長く住み続けられる工夫もしてある。戸建て住宅は地域の実情や伝統、文化に合わせて建てるが、一部を鉄筋コンクリート造にして津波で水没しても空気だまりができ緊急避難できるロフトを設ける。防空壕ならぬ防水天である。防水天は集合住宅の住戸にも設けることができる。津波が襲来したらまず高台に避難する。高台が近くになかったり行き着けなかった場合は津波避難ビルに避難する。屋外にも逃げられなかった場合は防水天に避難する。海に背を向けるのではなく、ソフトとハードを組み合わせ二重三重の安全策を準備してこれまでの生活と文化の継続を果たすことこそが、真に住民による住民のための復興である。」

復興構想会議提言2011/06/26 18:19

復興構想会議の提言がようやくできたそうである。
肝心のまちづくりは、高台への移転を「目標」「第一」「基本」にするということらしい。それでもって「【類型2】平地の市街地が被災し、高台の市街地は被災を免れた地域 ― 高台の市街地への集約・有効利用を第一に考えるが、平地の市街のすべてを移転させることは困難。」とも書いてある。結局高台へ移転できればいいがすべて移転できっこないので「目標」「第一」「基本」と書かざるを得ないわけで、もっとも知恵と力と勇気でもって道筋を示してほしい高台への移転が「困難」な場合はどうすればいいのかということがまったく書かれていないのである。
こんな当たり前な構想に2ヵ月半もかけていたなんて・・・国民一流、官僚二流、政治家三流、学者・知識人?

津波浸水区域に住宅建ち始める2011/06/23 18:52

「岩手県内の津波の浸水区域に、住宅や作業所、店が建ち始めた。自治体は「自粛」を求めているが、すでに住宅3件を含む16件の建築確認が下りた。・・・
災害復興に詳しい関西学院大の室崎益輝教授の話 低地に店や家が建ち始めている現状は、高台移転が被災者にとって非現実的なことを物語っている。・・・」(朝日新聞 2011年6月23日)
 
やはりと思う。日本ではそのようなことはできないしすべきでもないが、よほど上から強圧的に復興を進めない限りこうなると思う。だからこそもっと現実的な案を迅速に被災者とともに決めなければならなかった。
私は個人的な提案として4月はじめから“防水天”のようなものを考え、このブログやその他で個人としてできるだけ訴えてきた。もちろん岩手県知事にもいくつかの自治体にも。しかし押しなべて反応は悪く無視され続けていると言ってもいい。
今までの場所に今までどおり住み続けたいのはやむを得ない。ならばせめて命だけでも助かる現実的な方策をハード、ソフトを含めて二重三重に立ててほしい。その重要な対策のひとつとして、今からでも住宅には“防水天”をぜひ考えてほしいと思う。
誰にどのように訴え伝えればいいのだろう。
 
 
 
下図は、こんなことでコンペなどどうかと思ったが、全応募案を展示するということでせめて少しでも多くの人に見てもらえるならと思い、思い悩んだ末5月に提出したあるコンペへの応募案として作成した図である。
 

防水天のある津波防災住宅(コンペ応募案)